東金山武 古社寺めぐり

東金山武古社寺めぐり

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東金山武古社寺めぐり

 

 

東金市・山武市には、いずれも長い歴史や不可思議な伝説に彩られたふるさとの神社・寺院があります。

長い間地域と共に歩んできた歴史がありますが、地域の方々にはまだまだ知られていない社寺もあります。

すぐ近くに、神社やお寺があるのは知っていても、お参りしたことが無かったり、同じ市内は勿論、お隣の市になるとほとんど行ったこともない…。そういう人も少なくないと思います。

東金・山武 古社寺の会では、皆様のご参拝の準備をしてお待ちしております。

荻生徂徠のお墓まいり

上京してお勉強した帰りに、荻生徂徠のお墓へお参り。
港区三田にある長松寺(淨土宗)さんの境内にあります。
徂徠物とあるのは、物部氏の末裔だということから、「物」の一文字を入れています。

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荻生徂徠(おぎゅうそらい 1666-1728)は、江戸時代に活躍した学者です。
徂徠は子どもの頃、勝覚寺の近くに住んでいました。
当時、勝覚寺の住職だった覚眼(かくげん)に、四書大全という本を借り受け、勉学の基礎を築きました。
後に五代将軍綱吉の時代、柳沢吉保に取り立てられて出世しました。
覚眼と徂徠の縁により、元禄15年(1702)に、徂徠が「勝覚寺縁起」を著しました。
それには元禄15年12月15日の日付がありますが、赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件(同年12月14日)の翌日です。
すでに幕府のブレーンとして活躍していた徂徠は、討ち入り事件を当然知っていたはずですので、それを思うと歴史のロマンを感じます。

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徂徠は赤穂浪士を切腹させた事で反感を買う部分もあったそうですが、当時の法に照らせば打ち首などの処刑相当だったのを、武士の尊厳を保つために切腹をすすめたという事らしいです。

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平成最後の夏の縁日御開帳

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旧暦の2月15日と8月2日は勝覚寺の御縁日です。
9月11日 (火)は旧暦8月2日となります。
大勢の方に御利益をお受け頂きたく、釈迦堂を御開帳いたします。


縁日御影お札s

当日ご参拝の方にお札を授与いたします。
お受けになったお札は玄関などに貼って、家内安全・災難除けの御守りとして下さい。
次回の御開帳の際に新しいお札と取り替えて下さい。
(数に限りがあります)


御開帳御朱印

浅黄色の和紙に書かれた「縁日御開帳」の限定御朱印
当日のみの頒布となります(500円)

夏詣について

8/1(水)~8/5(日)までの5日間、夏詣の期間限定御朱印を授与させて頂きます。

夏詣

 

 

 

 

 

 

 

夏詣についてはこちら


★千葉県内の夏詣が出来る社寺は以下の通りです。(夏詣受付期間は社寺によって違うので、ご確認下さい)

勝浦遠見岬神社 (夏詣:8/1~8/7)勝浦市(勝占総鎮守)

願成就寺 東金市(顕本法華宗 總州願成寺)

本光寺 (夏詣:7/1~7/7)市川市(日蓮宗)

東海寺 柏市(布施弁天 真言宗豊山派)

香取神社 (夏詣:6/1~7/31)富里市

高松入神社 (夏詣:6/1~7/31)富里市

二宮神社 (夏詣:5/31~8/31)船橋市

麻賀多神社 (夏詣:7/1~8/15)佐倉市

鶴峯八幡宮 (夏詣:8/4~8/12)市原市

 

 

拝観について

暑い日が続いてますが、如何お過ごしでしょうか。

勝覚寺をはじめ、奉安する四天王像などが新聞や書籍に取り上げられることが増えて来ました。
それをご覧になって、拝観を希望される方が増えて参りました。
仏さまとのご縁を結んで頂く素晴らしい機会ですので、可能な限りご案内させて頂いております。
夏休みからお盆にかけては、寺としても多忙な時期を迎え、ご案内出来ないこともございます。また普段の時期でも行事や法事でご案内出来ないこともございます。

是非、ご来山になる前に電話やメールでも結構ですので、ご確認頂ければ幸甚です。

どうぞご理解のほど、よろしくお願いします。

拝観について

四天王の梵鐘

平成17年に再建された鐘楼に吊されている梵鐘には、四天王像が刻まれています。
古くから伝わる版木を元にした四天王の威厳のある御姿です。

梵鐘に刻まれている東方守護神の「持国天」(じこくくてん)
梵鐘に刻まれている東方守護神の「持国天」(じこくてん)

毎朝6時に以下の4句16文字を唱えながら鐘を撞いています。

天下泰平
万民豊楽
風雨順時
五穀豊穣

人智ではいかんともしがたい災害が発生する度に、この祈りの言葉の意味を思い知らされます。
被害に遭われた方々に御見舞を申し上げ、復興や復興を支える多くの人々に仏天のご加護がありますように。